全民救 我ら医療系
守れ、命のリレー!
医療搬送サービスを手がける一般社団法人・全民救患者搬送協会(会長 野口良一・関東福祉車輔社長)は、福祉タクシーとの法律的な差別化を求めている。「営業区域」の問題などが起きているためだ。営業区域はタクシー事業における概念で、“命のリレー”を任務とする医療搬送にはふさわしくない。全民救の前身である全国民間救急サービス事業者連合会(任意団体)が立ち上がったのは、2005年4月1日。その時の本部は、福岡市の飯倉タクシー(加地利幸社長)に置かれた。以降、関東と九州など新幹線を介在して会員同士が連携する広域搬送のネットワークも築いてきた。全民救がこれまで行ってきた活動をもとに、民間救急が置かれた現状と改善点などをまとめた。
民間救急とは何か?
日本では、民闘が行う医療搬送を「民間救急」と呼んでいるが、消防救急や福祉搬送とどこが違うのか。
全民救によると、民間救急という呼称は昭和後期から使用されているが、海外で展開されている民間救急業務とは根本的に性質が異なるという。
日本の場合、生命や身体の危機に際し、応急処置をしながら病院に搬送するのは消防救急の仕事だ。海外ではそれを民間企業も行っている。民間救急というと、海外のような救命搬送も行うイメージを抱きがちだが、それは誤り。症状が安定した緊急性のない傷病者や障害者、高齢者の移動を支えるのが日本の民間救急の任務だ。緊急を要しない人々の搬送を民聞が請け負うことで、需要が増大している消防救急車の適正利用に貢献する役目も担っている。
福祉系との違いは
医療搬送を行う民間救急事業者が事実上、所轄の消防長の管理下に置かれたのは、1989年(平成元年)10月。総務省消防庁が「患者等搬送事業の指導及び認定基準」を示したことによる。
だがその後、「基準」は道路運送法の一部改正や、「救急業務における民間活用に関する検討会報告」を受け、順次改正され、現在は車いす専用車や自家用有償旅客運送までもが認定対象となっている。
民間救急事業者が行う医療搬送は、看護師が同乗し、搬送元の医師の指示に従い、点滴や酸素投与の管理、淡の吸引などの医療行為も行う。患者の容体が急変した際は消防救急への乗せ替えが必要で、ドライバーらに要求されるスキルは自ずと福祉タクシーや介護タクシーのドライバーとは性質の異なったものになる。
そこで全民救は、医療系と福祉系の位置づけを法律で明確化することを政治家らに要望している。
福祉タクシーとの相違点は、看護師が同乗できる態勢にあること。搬送元の医師の指示の下で、点滴などの医療行為を車内で行える。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、民間の医療搬送サービスを充実させることは日本の喫緊課題。
医療搬送の定義
全民救では医療搬送にいて、「生命や身体に差し迫った危険はないものの、医療処置の継続などが必要な人を、状況に応じて医師看護師が同乗し、心電図モニターなどの医療設備が整った車両で病院などへ搬送するサービス」と定義している。
そのため、医療系の搬車であることを周囲に知しめる特殊表示灯の法制を求めており、その特殊示灯を設置した車両を「ナーシングカー(Nursing Car)」として整理し、車いす専用車などの福祉車両と区別したい考えだ。医療搬送サービスを行う事業者の要件としては、事業所で看護師を雇用し、医療搬送の際は必ず同乗できる体制にあること、ドライバーは専門的な研修を受けていること–などを挙げる。
最大の障害は「営業区域」
差し迫った緊急性はないとはいえ、患者の容体をチェックしながら病院など移送する行為が「命のリレー」であることに変わりはない。
だが、その活動範囲は福祉タクシーを想定した営業区域なるものに縛られてり、業界の最大の障壁になっている。病院の引っ越しなどの場合、多くのナーシシグカーが必要になるが、区域外事業者に応援を求めるとなると、事前に運輸行政に提出する書類の作成など手続きが煩雑だ。医療搬送サービスを行える事業者が地域にいないケースもあり、利用者は区域外の事業者に搬送を依頼することになるが、そうした場合も迅速に対応することはできない。
2011年3月11日に発生した東日本大震災の際、傷病者は自衛隊や救急車よって機能している病院へ次々搬送されたが、応急処置を施されると他県の病院へ転院を余儀なくされた。この時、違法であることを承知で活躍したのは区域外の医療搬送車だった。
全民救は「われわれ業界の特殊性を理解していただき、営業区域を撤廃してほしい」と訴える。
運賃の公平性と明瞭化
現行の運賃は、出庫から帰庫までの距離で算定しているが、これを実際にかかった搬送距離で算定するよう求めている。
というのも、出庫から帰庫までの算定方法だと事業所から遠方にある病院ほど運賃が高くなり、近場にある病院ほど安くなる不公平が生じてしまい、実際の搬送距離が反映されないからだ。
酸素や吸引チューブなどの設備の使用料や、看護師が同乗した際の料金なども明瞭化すべきだとしている。
緊急走行は“時期尚早”
搬送中の患者の容体が急変し、生命の危機にさられることも少なくないため、全民救は2013年3月16目、「医療搬送車の緊急走行に関する検討会」立ち上げた。検討会では「病院到着が遅れ、亡くなったケースもある」として同乗する医師や看護師の判断で緊急走行ができるように道路交通法の改正を求めていくとしていたが、その方針を撤回し、民間による緊急走行は社会の混乱招く恐れなどがあるとして、「時期尚早の課題」と結論づけた。理由として、日本の民間救急は、公民一体で現場に急行する海外の民間救急とは性質が根本的に異なっている点などを挙げた。代わりに、搬送中の患者の容体の急変に対応ため、消防救急車への乗せ替えや、先導要請などの要領を全国で統一する必要性を訴えている。
左:病院の引っ越し。看護師らによって次々と運ばれてくる入院患者。ストレッチャーへの載せ替えを待っている全民救スタッフ(2013年5月、佐賀県内で)
右:県内の車両だけでは間に合わず、区域外からも出動した民間救急車。区域外搬送は手続きが煩雑。「医療搬送には営業区域はいらない」との声が上がる
福祉系との法的整理を
5つの認められた車内医療行為
全民救は、前身の全国民間救急サービス事業者連合会を2005年4月に立ち上げるとすぐ、厚生労働省医政局に5項目の質問状を出した。事業所に雇われた看護師が、搬送中に車内で搬送元の医師の指示の下、①点滴②酸素投与③モニター監視④淡の吸引⑤経管栄養、経管与薬–を行うことが違法かどうか問うたものだった。
2011年6月21日、当時の総務副大臣から「医の指示の下で行うのであれば、いずれも医師法また保健師助産師看護師法定の規定に違反するものではない」との回答があった。こうしたことからも全民救は、車内で医療行為を行う医療搬送と福祉タクシーは根本的に性質が異なる点を強調、明確な法的整理を求めている。
消防救急が対応しない人々
では、緊急性がなく、消防救急が対応しないケースとはどういったものか。
例えば、旅先で脳梗塞で倒れたり、交通事故で一命を取りとめた人が、ある程度症状が安定し、地元の病院に転院する際、点滴の投与や心電計モニターの監視が必要な場合は、民間救急の出番となる。
海外で病気をしたり、けがをして医療処置を継続しながら帰国する場合もそうだ。
昨年3月17日、福岡市で開催された全民救の総会では、実際に韓国から日本へ傷病者を搬送した事例が紹介された。
圏内から海外へ搬送する場合も同様だ。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックには、海外から大勢の人々が訪れる。民間の医療搬送サービスの充実はオリンピック・パラリンビッグに向けた日本の喫緊課題でもある。
わが家で最期を迎えたい人の足に
終末期を在宅で迎えたいという患者やその家族の望みをかなえることも、民間救急の使命だ。病院から自宅への移動は緊急を要しないので、消防救急は対応しない。人工呼吸器を使い、生命の維持を強いられている重症の神経難病者の家族は24時間呼吸器の管理や気管の股引などで心身ともに疲れている。
そうした介護者を救うのが、介謹者に休息を与えるための患者の入院である「レスパイト入院」だ。入院期間は1週間程度で、患者はまた自宅に戻る。この時の自宅と病院の往復移動を担うのも、民間救急の仕事だ。人工呼吸器を使用した患者の搬送には吸引器や酸素などが必要で、看護師も付き添わなければならない。人工呼吸器を使用した患者は増加傾向にあるが、福祉タクシーでは対応できない。たとえ患者が重篤であっても緊急性がない場合は、消防救急は対応しない。
飛行機や新幹線で広域搬送
2011年3月、九州新幹線が開通した。その車両には医師や看護師の同行を条件に酸素ボンベや医療機器の持ち込みを認める医療搬送ユニットが設けられ、「ドクタートレイン」の名でJRによる広域医療搬送がスタートした。
だが全民救では、さかのぼること2005年から新幹線の多目的室や飛行機のストレッチャースペース、船舶を利用し、広域医療搬送をすでに確立させている。
福岡市の飯倉タクシーは毎月のように飛行機や新幹線を使って国内外の医療搬送に対応している。
2014年1月1日(水)発行 東京交通新聞 第2604号 第1面